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『たくやのとこ豚トーク』について

豚をこよなく愛し
養豚の仕事は命の仕事と語る
細川拓也さんを話し手として迎え
豚に関するあんな事からこんな事まで
とことん語り尽くすコーナー
それが『たくやのとこ豚トーク』

業界のイメージをぶっ壊す!
をメインコンセプトに
養豚の新たな未来を見すえ
たくやのとこ豚トークはつづく

話し手 細川拓也さん(有限会社細川農興 常務取締役)
聞き手 蓬田太一さん(モノクロ株式会社)

第2回
たくやのとこ豚トーク スタート!!!の巻②

よもぎだ
ちなみに年間5,000頭の出荷で、どのくらいの年商になりますか?
たくや
だいたい2億円くらいです。
よもぎだ
経常利益は?
たくや
そこも聞いちゃうの?(笑)
○○○○万円です!
よもぎだ
すごい!
養豚すごい!儲かっていますね!
たくや
最近堆肥をかき混ぜる大きい機械を購入したので、
全くお金は残らなかったですけどね(笑)
かき混ぜてできた堆肥を販売するわけです。
よもぎだ
うんこかき混ぜマシーンですね!
たくや
そうです!
養豚業を営んでいる人は絶対に販売、または譲渡しています。
仕事上、豚の排泄物は必ず生まれますが、
ゴミとして捨てたりできないのです。
最近はバイオマスエネルギーに活用する方法もでてきています。
全体の1%にも満たないと思いますが。
よもぎだ
先程、豚の品種改良によって産まれる頭数が変わったという話がありましたけど、
細川さんのところでは何種類くらい品種がいますか?
たくや
当社は1種類です。
トピッグス(TOPIGS)というオランダ生まれの豚にしています。
よもぎだ
立ち上げ当初からトピッグスだったんですか?
たくや
いや、最近ですね。ここ5年~10年くらいじゃなかったかな。
よもぎだ
なぜにトピッグスに変えたんですか?
たくや
単純に産むからです!たくさん。
産む頭数が従来の豚と違って、びっくりするくらい産むので変えました。
今でこそ当たり前になっていますが、このトピッグスが出た当初はざわつきましたね。
そんな産むわけないべ!みたいな。
業界の常識があったので、みながそんなわけないべ!と口を揃えて言っていましたね。
よもぎだ
さすが養豚先進国の技術はすごいですね。
さて、養豚の仕事に就く前に洋服の青山でお仕事をされていたと伺っていますが、
今に至るまでの細川さんのお話を聞かせてください。
たくや
私自身、実家に戻って仕事を継ぐ気はなかったので、
一生サラリーマンで生きていくつもりでした。
ちょうど運良く洋服の青山に入社できまして、
ここで収入が増えるように頑張っていこうと思っていました。
就職して4、5年経った冬のある日、珍しく父から電話が掛かってきました。
よもぎだ
よくある実家に帰ってこいパターンですね。
たくや
それに近いです。
当時、社長と母と従業員さん1人で会社を回していたんですが、
従業員さんが冬に交通事故に遭い、
全治6ヶ月程の大怪我を負ってしまったんです。
冬は除雪などもあり、作業量がさらに増えます。
その時期に人手が足りなくなったことで、
少しでもいいから仕事を手伝ってほしいとのことでした!「私たちもいい歳だから、そろそろ辛くなってきた。手伝いにこられないか?」と弱音を言うわけです。
さすがに親の頼みを断ることもできず、
会社が休みの日には実家に帰り養豚を手伝い始めました。

よもぎだ
従業員さんは大変だったけど、いい話じゃないですか。
しかし休みのたびに帰るのも大変でしたね。
その頃はどこに住んでいたんですか?
たくや
石巻です!
転勤が数回あり、最後の勤務地が石巻だったんです。
よもぎだ
微妙に遠いですね!
たくや

2時間半~3時間程かかるので、今思い返しても大変でした。

そして手伝いを続けていくうちに、ふと思いました。
せっかく父が頑張って大きくした養豚を、やめてしまうのはもったいないなって!

よもぎだ
細川さんは会社を継ぐ気なんてなかったのに?
そもそもお父さんは跡継ぎのいない会社を続ける気はなかったんですね。
まさか、金の匂いがしましたか?
たくや
これは悪くないなって!
やりようによっては儲かるのではないかと(笑)
よもぎだ
現金な人ですね…
たくや
それは冗談として。
従業員さんの怪我が完治するまで時間がかかるようだったので
やるしかないと思ったわけです!
それと、うちの父は気性が荒いので、それが原因で人を雇ってもすぐ辞めてしまうんです。
昔気質のだから。
よもぎだ
それは俗にいうパワハラがすごかったということですかね?
たくや
最近はそこまでではないですよ!
過去の話です。(汗)
父のそんな性格もあり、仕事を続けられる人がほとんどいなくて、
怪我をした従業員さんが唯一の生き残りと言っても過言では無いくらい父に耐性がある人だったのです。
父は、自分がそんな性格だから、人を雇ってもすぐ辞めてしまう。
だから従業員募集をだすのが億劫だし、
仕事を教えることも面倒くさかったみたいです。
よもぎだ
様々な理由があって手伝いを引き受けたんですね。
たくや
そして父に言いました。
「この会社を潰すのはもったいないよ。せっかく父さんがゼロから始めてここまで大きくしたのだから、一緒にやっていこうよ!」
「頑張ろうよ。父さん!」
この時の父の驚いた表情は忘れられません。(笑)
よもぎだ
お父さんから電話が来て、
その後、会社が休みの日に仕事を手伝い、
親思いの優しい息子さんだなと思って聞いていたんですが、
また金の匂いがしてきましたね。
たくや
そう感じるかもしれませんが、
実は当時の会社は赤字でした!
よもぎだ
え!
たくや
毎年赤字続きで、これ以上続けても意味がないなって状況だったみたいです。
累積赤字が結構な金額だったみたいです。
ここでは言えないくらい。
よもぎだ
よく会社を続けることができましたね。
たくや
だから本当に会社をやめてもいいと思っていたみたいです。
いつ会社をたたんでもいいように、減価償却も全くない状態にしていたとのことでした。
私が洋服の青山を辞めて、細川農興に就職してからは、
急にいろいろな設備投資をするようになりましたね。
その後の積極的な設備投資や豚の品種変更などが功を奏して、
一昨年で累積赤字がなくなりました。
よもぎだ
すごいじゃないですか!
お手伝いから就農して、本格的に養豚の仕事をするのは辛くなかったですか?
たくや
辛かったです。毎日辛かったですね。
ただの奴隷みたいな感じでした。
よもぎだ
お父さんの?
たくや
そうです。
何をしていいか全くわからないので、知っている人に聞くしかないのです。
そして知っている人は父しかいない環境。
ですので、父の言うことを聞くしかなかったんです。
何が正しいかも当時は知りませんでしたから。
一番困ったのが、父は昔気質の人なので己の直感を信じて仕事をしていて、
人に説明するのが苦手でした。
例えがあっているか分かりませんが、野球の長嶋さんのようなタイプです。
よもぎだ
超感覚派ですか。
たくや
自分が見たら普通の豚でも、
父からしてみれば、なんでこの豚が調子が悪いって分からないんだ!
となる訳です。
いたって普通に見えるのですが、父にしか分からないポイントみたいなのがあるのでしょうね。
そのようなことが毎日続き、怒鳴られたりするのも日常茶飯事でした。
「本当に使えないやつだな」
とか罵倒を浴びせられてすごく辛かったので、正直すぐに辞めたいなと思いました。
よもぎだ
今日までよく耐えて頑張りましたね。
就農してから何年経ちましたか?
たくや
9年になりますね。
もうこんなに経ったか。
そろそろ自分より若い後輩が欲しいです!(笑)

よもぎだ
若手の従業員さんを増やすのも今後の課題ですね。
自己紹介から営業のお話や、就農までのお話などありがとうございました。
(おわります)
2019.12.15
つづく